応用機能生物学コース 栽培植物進化学

 私たちの毎日の暮らしはイネやコムギなどの「栽培植物」に大きく依存しています。意外なことかもしれませんが、なじみ深いこれらの栽培植物は自然界に最初からあったわけではなく、私たちの祖先が今から約1万年前に野生の植物を栽培しはじめたことによって誕生しました。イネ科穀類の栽培では、決まった時期に畑を耕して種子をまき、決まった時期に収穫するという規則正しい生活活動が必要になります。このため、それまでの人類が長くつづけて来た狩猟採集による移動型の生活様式は急速に定着型へと移行したと考えられます。このような移行によって村落共同体ができ、生活の文化が高まり、ひいては文明を育む原動力になりました。

栽培コムギの穂の形態的多様性
核ゲノムのDNA変異の解析

 私たちは、世界の主要な栽培植物であるコムギが「いつ」、「どこで」、「どのようにして」生まれたのか、主として遺伝学の立場からゲノムに記された栽培化の歴史を読み解く研究をすすめています。そのために、以下の様な3つの柱で研究を進めています。
1)西南アジアの起源地に分布する野生コムギや、それぞれに地方に代々受け継がれてきた在来品種などの多様性をその表現型からDNAのような分子に至るいろいろなレベルで調査することにより、グループ内の多様性の大きさを評価し系統進化と栽培化のプロセスを探ること。
2)小穂の脱粒性など、栽培化によって変化した遺伝的形質について、それらに関与する遺伝子の染色体上の位置やその表現型に及ぼす効果を明らかにし、栽培植物としてのコムギが生まれた際の遺伝学的メカニズムを解明すること。
3)これらと並行して、フィールドワークによる近縁野生種や在来種の現地調査を行い、貴重な遺伝資源を探索・保全するとともに、現場でしかみることができない様々な生物現象を明らかにすること。

野生コムギのフィールド調査(トルコ南部)

 「栽培化」はヒトと野生植物とそれを取り巻く人間の生活環境との間の相互作用による特殊な進化であるといえます。そこでは、コムギを収穫しやすくしたり収量を増やしたりするといった人類にとって有用な遺伝子の変異が選ばれている反面、種子を休眠させて天候の変化をやり過ごしたり、自ら積極的に種子を散布させたりするような野生種が自然界で生き抜くために備えていた性質を失ったと考えられます。栽培化のメカニズムの解明は科学的に興味深いだけでなく、未来の品種改良に応用できる科学的知識を提供できると考えています。

<教員研究テーマ>
教授 森 直樹
コムギの進化と栽培化過程の解明
コムギ近縁野生種の生態的・遺伝的変異の解明およびこれら遺伝資源の探索と収集
コムギのオルガネラゲノムの進化と多様性の解明
イネの酒米品種の遺伝的変異と起源の解明