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農環境生物学 細胞機能制御学

松岡 大介 助教 

細胞の情報伝達は、細胞外分子の認識(受容)、そして、細胞内への分子情報の伝達、最終的には、細胞のレベルを外界の状況に順応させるための遺伝子の発現という主たる三つの段階が存在します。即ち、アンテナ分子(受容体)による認知、タンパク質分子の形状変化や相互作用を伴う情報の伝達、遺伝子の転写とタンパク質への発現過程に分解できます。

本研究室では、上述した三つの要因の中でも、第二番目の分子の形状変化を伴う情報変換に関しての研究を進めています。タンパク質の分子の形状の変化はそれを構成する特定のアミノ酸のリン酸化によっても成就されます。そこで、タンパク質リン酸化酵素の機能解析をおこない、光合成生物細胞の情報伝達機構の解明をとうして、生物の環境適応能の理解に努めようとしています。

もう少し専門的に知りたい方へ

(a)植物環境応答分子タンパク質リン酸化酵素遺伝子の同定とシグナル伝達機構の解析

細胞を取りまく環境変化の情報が細胞そのものに伝達される過程でタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)が重要な役割を演じることは、動物細胞では明らかにされつつあるが、植物細胞の情報伝達機能に関しては、その多様な環境適応性にも関わらず、最近まで未知の領域であった。そこで、この領域での研究を世界的レベルでみても初期の段階から実施した。1992年頃、植物由来のタンパク質リン酸化酵素の遺伝子配列情報はほとんど無い状況であったので、哺乳類の情報をベースに植物細胞からプロテインキナーゼタンパク質の精製を試みるか、遺伝子プライマーを作成し、RT-PCA法でいわば、手探りで植物プロテインキナーゼ遺伝子を検索する方法を採用した。

a-1. 植物由来のプロテインキナーゼ活性の検出と精製

哺乳類に存在する有名なタンパク質リン酸化酵素であるC-キナーゼ(PKC)の植物における類似酵素の活性検出と精製による同定を試み、PKC様活性を有するタンパク質を得た。但し、この活性は典型的なPKC活性ではなく、セカンドメッセンジャーとしてのジアシルグリセロールによる活性化への寄与が格段に低下したものではあったが、カルシウムとリン脂質の感受性があり、活性化に特色が認められた。

a-2. 新規な植物由来のプロテインキナーゼ遺伝子の同定とタンパク質の発現

主に動物細胞由来のプロテインキナーゼのキナーゼドメイン内保存領域のミックスプライマーを設計し、RT-PCR法でシロイヌナズナから数種の新規な植物プロテインキナーゼ遺伝子を同定した。主なものとして、NDR-related PK とSnf1-related PK(ATSRPK1)及びMitogen-activated protein kinase kinase (AtMEK1)、がある。それぞれのGST融合タンパク質を発現させ活性化機構を検討した。NDR-related PK は、通常植物には存在しないPKA、PKG、PKCなどに近縁で、いわゆる、AGC系PKに属し、動物、植物、菌類など広範な生物に存在するという、AGC系PKの仲間では特異的なものであることが判明した。ATSRPK1は植物に特異的に多様化しているグループのものであり、アブシジン酸で誘導が促進されるものであった。

a-3. 高等植物におけるMAPKカスケードとその意義

真核生物において、MAPKカスケードは、MAPKKK(MEKK)、MAPKK(MEK)、MAPKよりなり、細胞分裂誘起物質や各種ストレスを含む、外界のシグナルの中継点としての機能がある。植物のMAPKKはリン酸化され活性化される分子構造モチーフ内にS/TxxxxxS/T配列が共通に存在する(この配列は動物型のものではS/TxxxS/Tである)。一方、AtMEK1(ArabidopsisのMEKの一つ)では動植物双方に類似なT218-x-S220-x-x-x-S224という配列である。どの部位のセリン(S)、又はスレオニン(T)のリン酸化がAtMEK1の活性化をもたらすのかを点変異解析で検討した結果、T218とS224をそれぞれ、リン酸化を受けた場合に匹敵する陰性度を呈するE(グルタミン酸)に変異させたものに最大活性が認められた。なお、このAtMEK1は下流のAtMPK4(ArabidopsisのMAPKの一つ)のTxY配列のTとYをリン酸化しシグナル伝達するものであることを明らかにした。また、AtMEK1の上流に位置すると推定されるMEKKとしてAtMEKK1を同定した。そこで、AtMEKK1-AtMEK1-ATMPK4のカスケードの成立を明らかにした。次に、AtMEKK1及びAtMEK1の生体内での活性化がどの様なストレス処理時に生じているかをAtMEKK1とAtMEK1に対する特異抗体沈降物活性測定法で精査し、これらの酵素活性化は、とりわけ、傷害ストレス時には5分以内に急激な活性化が引き起こされることを証明した。

(b) 光合成藻類の環境応答分子タンパク質リン酸化酵素遺伝子の同定とシグナル伝達機構

一般に藻類も環境適応能が多様に発達しており、高等植物との比較研究および高等植物自身への環境適応能増強のための応用研究材料として興味を誘起する。緑虫(ユーグレナ)のPKA(cyclic AMP dependent protein kinase)を同定し、日周期に連動する細胞分裂への調節機能を示唆した。また、緑藻(クラミドモナス)のPKG(cyclicGMP dependent protein kinase)を同定し、細胞接合への調節機能を示唆した。これら、二種のPKの発見は、光合成生物では最初のものである。高等植物においてもcAMPやcGMPのシグナルが報告されており、今後、これらのPK遺伝子の植物への導入の影響に興味が持たれる。

(c) 細胞内情報伝達機構から観た生物進化

動物と植物の細胞内情報伝達機構は双方にMAPKカスケードを有するなど共通性もあるが、動物は受容体型のチロシンキナーゼを有するが、植物は有しない、一方、植物は、細菌にも存在する受容体型のヒスチジンキナーゼを有するのに反して動物はこれをもたない、等々の違いがある。単細胞の藻類などにも特徴的なタンパク質リン酸化酵素を有するものがある。このように、細胞内情報伝達系は、生物の進化に対応して多様化並びに特異化している。このような観点に興味を持ち現在、光合成生物の情報伝達機構を時間的尺度から言い換えれば進化的特徴の考察に興味をもっている。

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