応用動物学コース 動物分子形態学・組織生理学(形態機能学教室)

 生命科学における研究の進展は、マクロ(形態)からミクロ(分子)へ、そしてミクロからマクロへと回帰しながら着実に進行し、より高い研究レベルでの複雑な系の解明に迫っています.形態機能学は高等脊椎動物の構造と機能を理解する上での「基本的バイブル」であり、動物における生命科学を遂行する上で無くてはならない極めて重要な分野です.私たちの教室では先人たちの積み重ねた形態学の膨大な知見と昨今急速に明らかになりつつある分子生物学的な知見とを同時に扱い、生命の成り立ちと仕組みを明らかにすることを目的に、顕微鏡レベルから分子レベルまでの動物の体の構造と機能との関連について教育と研究を行っています。現在継続中の研究は以下の通りです。

1.雄と雌の差は何か。精巣と卵巣とは何が違うのか。生殖腺や脳に性差を与えるものは何か。その答えを得るべく、最近の分子遺伝学的解析データを踏まえ、性の決定と分化機構について各種遺伝子群の相互調節機構と形態形成との関連の解明を推進しています。(図1 動物分子形態学分野)

2.生命現象と疾患のメカニズムを理解する鍵は何でしょうか? 我々は,形態学とゲノムとの関係に、環境要因(エピジェネティック)を加えて、研究を行っています。(図2 動物分子形態学分野)

3.動物の消化管内における常在細菌の定着制御機構、腸管粘膜内における種々の細胞の細胞間相互作用関係に関する研究を通じて、腸管の恒常性維持機構に関する研究を推し進めています。(図3 組織生理学分野)。

図1左:脊椎動物の性決定様式

図1中:脊椎動物の性決定遺伝子と系統発生

図1右:性逆転系統B 6-XYPOSマウスの性分化と性スペクトラム

図2左:環境要因(環境化学物質やストレス等)が生体に与える影響評価およびメカニズムの解明

図2中:生物学的モニタリングに基づく適応的リスク評価法の概念

図2右:メタボローム解析の概念図

図3左:変性した常在細菌の透過型電子顕微鏡像
図3中:常在細菌の定着を制御するPaneth細胞と線維芽細胞様細胞(FBLC)の接触像
図3右:腸絨毛の上皮下FBLCの三次元イメージング

もう少し専門的に知りたい方へ

 動物形態機能学教室では、先人たちの積み重ねた形態学の膨大な知見と昨今急速に明らかになりつつある分子生物学的な知見とを同時に扱い、生命の成り立ちと仕組みを明らかにすることを目的に、『マクロ(形態)からミクロ(分子)へ、そしてミクロからマクロへ』を基本姿勢として、行動解析や顕微鏡レベルから分子レベルまでの動物の体の構造と機能との関連について教育と研究を行っています。現在の主要な研究テーマは以下の通りです。

1.「性差と系統発生」を理解する!

 生物は遺伝的多様性を獲得するために有性生殖という次世代に遺伝情報を受け継ぐシステムを構築しました。いうなれば、種の保存のための基盤が『性の決定・分化』であり、生物の雄・雌が決まる仕組みは極めて重要な個体発生の分化過程あるいは生命活動と考えられます。発生の基本的ミステリーは、1個の受精卵がいかにして増殖し、各動物固有の細胞、組織、器官に分化していくのか、です。とくに生殖腺はその形態や機能に唯一『性』依存的差異が認められる器官であり、その発生過程には「性分化」という通常の組織では不要なステップが介在します。この点が生殖腺の分化を複雑にしている反面、研究対象としては極めて魅力的な素材です。精巣と卵巣とは何が違うのか。生殖腺に性差を与えるものは何か。その答えを得るべく、最近の分子遺伝学的解析データを踏まえ、性の決定と分化機構について個体発生学的にそこに関与する各種遺伝子群の相互調節機構と形態形成との関連の解明を目的として以下の研究を行っています。

  

1)高等動物の種の保存を決定づける有性生殖。その「性の決定・分化機構」における分子細胞遺伝機構の解明を行っています。

2)生物はどのように発生・分化していくのか。それを明らかにするため、哺乳動物における器官形成とその制御機構に関する分子形態機能学的研究を行っています。

3)雄と雌との間で違いが見られる行動様式、特に性行動の制御を司る脳のメカニズムとその雌雄差、さらには雌雄差を形成する過程を明らかにする研究を行っています。

2.「生命現象と疾患のメカニズム」を理解する!

 生物の体の形成は,遺伝子のみで決まるのではなく、生まれた後の様々な要因によって遺伝子の発現が変化していくことでなされます。ヒトの体を構成している約60兆個(200種類)の細胞は、基本的に同じ遺伝情報を持ちますが、それらがさまざまな組織、臓器へ発生・分化していくのは、その過程に遺伝子をコードするアミノ酸配列の変化を伴わない情報記憶と発現のメカニズムがあるからです。このような遺伝子に指令を与え,発生・再生、がん、老化、遺伝などの(細胞の個性を確立・維持・消去する)生命現象に大きな影響を及ぼすメカニズム(及びその学問領域)をエピジェネティクスといいます。環境中に放出・蓄積された残留化学物質による生態系や動物の健康への被害は遺伝子発現にも作用し、その影響は世代を越え、種の保存を脅かす地球規模での重大かつ深刻な問題となっていますが、その分子基盤に関する基礎・応用研究は少なく、本来毒性を示さないとされた低用量での化学物質が高等脊椎動物に起きる現象のAOP (Adverse Outcome Pathway:有害性転帰経路)の解明は急務です。これらの危機に面して解決の可能性を追求する以下の分子毒性遺伝学的研究を行っています。

1)発達神経毒性・情動認知行動変容(従来の毒性試験にはない)
2)エピジェネティクス影響(遺伝子発現の変化)
3)胎子曝露・年齢及び性差(老若男女)
4)複合曝露影響[用量相加(dose addition),反応相加(response addition),相互作用(interaction)]
  

3.消化管はあらゆる動物が有する重要な器官であり、近年動物の健康に腸管の果たす役割の重要性が注目されています。

腸管はその表面を外界のバリアとなる「粘膜上皮」によって覆われており、この粘膜上皮が日常的に食事由来の栄養素を吸収しています。また、粘膜上皮の表面には大量の常在細菌が定着しており、健常な細菌叢の維持も腸管に課せられた重要な仕事です。加えて腸管は「体内最大の免疫器官」であると言われるほど免疫担当細胞の豊富な器官であるとともに、「第2の脳」と呼ばれるほど発達した腸管神経系を有しており、組織構造は非常に複雑です。このような複雑な細胞集団が腸管の恒常性を維持しているため、そのメカニズムの解明は動物の健康長寿社会の実現に向けて非常に重要な課題です。そこで当研究室では、「腸管内の恒常性維持機構」をキーワードとして、以下の研究課題に取り組んでいます。

1)常在細菌の定着様式とその定着制御機構の解明:これまで、消化管各部位のどこに、どのような細菌が定着しているのか(Yamamoto et al., 2009)、また腸管各部位の定着細菌の増殖・変性状態を明らかにしました(Mantani et al., 2015)。加えて、常在細菌の定着制御には、上皮細胞による物理的排除機構(Inamoto et al., 2009)や増殖制御(Qi et al., 2009)、抗菌物質の作用(Yokoo et al., 2011)、上皮細胞による細菌成分の認識機構(Mantani et al., 2011)などが関与する可能性を明らかにしています。   

2)腸管粘膜内の細胞集団と組織構造の理解:腸管粘膜の結合組織内には、免疫系の細胞を含めた多種多様な細胞種が混在しています。当研究室では特定の細胞のみを検出できる免疫染色や、新しい電子顕微鏡技術を併用することによって、腸管内線維芽細胞様細胞(Mantani et al., 2019)、単核食細胞、リンパ球(Yuasa et al., 2019他)、顆粒球など様々な細胞種の多様性や局在を明らかにしており、その組織構造の詳細な理解を目指しています。

3)腸管粘膜内における神経系ネットワークの解明:腸管は「第2の脳」と呼ばれるほど発達した神経系を有しており、粘膜内にも発達した神経ネットワークが観察されます。当研究室では粘膜内における神経ネットワークの詳細な理解と、2)で明らかにした細胞集団と神経の関連などを明らかにすることを目的とした研究にも着手しています。

(組織生理学分野)

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